2026.10.02

ゼロから森の会社を始めた私の、起業前ノート 

私は25歳で、森の会社を始めた。

正確に言うと、事業を立ち上げたのは23歳のとき。ソマノベースという、「土砂災害による人的被害をゼロにする」ことを目指す会社だ。きっかけは高校時代、台風で地元が被災したこと。15歳のときから、「地域のためになる仕事がしたい」とずっと思ってきた。

(徳島県上勝町の葉っぱビジネスについて大学で事例発表している様子)

でも、私の家が林業をしているわけじゃない。森の「も」の字も知らない、本当に何もないところからのスタートだった。

今日は、そんな私が起業にいたるまで、何を学び、何を考えていたのかを、当時つけていたノートを見せながら振り返ってみたい。

手元に残る、何冊ものノート

(今まで書き留めてきたノートや手帳)

大学時代から、思いついたアイデアや疑問、学んだことを、ずっとノートにメモしてきた。手元には、大学時代からのノートが何冊も残っている。

林業のこと、木材のこと、防災のこと、地域のこと、ビジネスのこと。分野を問わず、気になったことは片っ端から書きつけた。そこで浮かんだアイデアを絵にしてみて、人に話してみて、何度も捨てた。今日は、そのヘンテコなアイデアも含めて紹介したい。

「地方ってなんだ?」から始まった

(地方の課題を整理しているメモ)

最初に向き合ったのは、森のことですらなかった。「地方ってなんだ?」ということを、とにかく考えた。地元の友達にヒアリングしながら、「どうして地元から出るのか」「地元に残る人と、そうでない人は何が違うのか」を掘り下げていった。

この時期のノートに描いた図がある。地方から出ていく若者は「経済的」「精神的」「機会的」な要因で地元を離れる選択をしているんじゃないか——そんな仮説を自分なりに立てたものだ(大学生のたわごとだと思って読んでもらえるとありがたい)。

(どうすれば地方の若者がその場所で働きたいと思えるのかを考えたメモ)

当時考えていたのは、地方にソーシャルビジネスのハブのようなものがあるといいのでは、ということ。地方にいろんなソーシャルビジネスがあって、その中のどの会社でも働ける。いろんな業種、いろんな人と関われる。そんな地域があったら面白いんじゃないか、と。

(地域の特産品を購入すると地域に寄付されるアイデア)

ふるさと納税のような仕組みを自分なりに考えてみたこともある。「アイデアを出すだけなら誰でもできる」と言われればその通りなのだけれど、森のことだけでなく、地域をどうすればよくできるのか、当時はいろんな角度から考えを深めていた。

(『消滅可能都市』で有名な増田レポート)

増田レポートを読んで人口減少についてまとめたのもこの頃だ。ちなみに卒論のテーマも、人口減少だった。

図書館にこもって気づいた、林業の「情報のなさ」

(大学時代のto do リスト)

大学4年生になった頃から、ノートに林業についての記述が増えてくる。まだ現地には行ったことがなかった時期だ。まずは書籍や会社を調べようと、大学の図書館にこもった。

でも、驚くほど情報がなかった。学術的な本はある。けれど、誰がどこで何をしていて、何に困っているのか——そういう生の情報は、ネットにも本にも見つからなかった。

(左のワンピースが私。服装すらわかってない(笑))

だから、実際に林業家さんに会いに行くことにした。日本の山の比率のような基礎の基礎から、勉強をやり直した。

(疑問や自分自身への問は付箋に書いていた。解決したら捨てる。)

気になったことはその都度メモに残し、今でもお世話になっている和歌山の師匠・大谷さんに、疑問をひたすら投げ続けた。元県職員で、今は林業の会社で働きながら、ご自身も起業されている方で、今はソマノベースのパートナーとして一緒にお仕事をしている。

(大谷さんとのQAのやりとり。写真付きで丁寧な解説をしてくれている。)

質問リストを失礼なくらいの勢いで送りつけては、大谷さんはいつも丁寧に答えてくれた。こうして大学時代、林業や森のことを少しずつ勉強していった。

森は、ひとくくりにできない

(龍神の木材市を見に行ったときの様子)

本当に何人もの方に話を聞かせていただいて、いろんな現場を見せていただいて、自分の中で仮説検証を重ねてきた。

その中で見えてきたのは、地域や人によって、森のつくり方も、正解も、値段も、仕組みも、何もかも違うということだった。「林業」というくくりや「補助金」というくくりで一括りにするには、無理があるようにも感じた。森は、その地域にあり、その地域で生きてきたものを扱う仕事だ。文化もそれぞれ違う。だからこそ、ローカライズして物事を考えることが、森を扱ううえでとても大事なんだと、この時期に学んだ。

(北大の研究林を見学させていただいた様子)

教育と同じだと思う。個性をどれだけ損なわないように、制度やビジネスをつくっていけるか。地域文化とともにあるのが森だから、植えられる樹種も、管理の仕方も、地域性が強く出る。ひとくくりにはできない。

「林業の課題は何ですか、解決策は?」と、わかりやすい正解を求められることがよくある。でも、いろんな地域に足を運べば運ぶほど、そんな簡単なものはないと感じるようになった。全人類にとってどんな人生が正解か決めろ、と言っているようなものだ。

森に関わるなら、まずは小さなところから知り、見て、共通項を探していく。小さな解決策をたくさん生むことのほうが、大事なんだと思う。

ノートの最後にあった、最初の構想

(ソマノベースをプロジェクトとして開始するときに書いたメモ)

このメモは、ソマノベースがプロジェクトとして動き出す前の、本当に最初の構想を書いたものだ。「森のプレイヤーを増やす」という要素は、今も会社の核として残っている。まだビジョンも明確に言葉になっていなかったけれど、骨格はこの頃の思考の中でできていた気がする。

今まで見てきた現場や考えてきたことは、これだけの数のノートに書かれている。今も現在進行形で勉強中だけれど、これからこの業界で起業したい、ビジネスをしたいと思う人が、これだけの時間をかけて現地に足を運ぶのは、正直すごく大変なことだと思う。

(今では森の中で作業もする。まだまだ下手だけど。)

だから私は、森に関わりたい人がもっと関わりやすいように、こうやって得てきたものを還元していきたい。この業界で何かに挑戦したいと思う起業家や企業が、それを実現できるように、その中間地点に立っていたい。

(ツアーで植林に来てくれた方に植え方のレクチャー)

このノートの数だけ、私にこの業界のことを教えてくれた業界人や経営者がいる。これだけのインスピレーションをくれた地域やビジネスモデル、素材がある。

その魅力も、与えられたものも、無駄にしたくない。これまで捨ててきたアイデアも、この先何度も拾い直して、またブラッシュアップして、共有していきたい。

これは私の宝物。私の軌跡だ。

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